夏の会津たび ’15 #3 鶴ヶ城

東北の名城、会津若松城です。
別名、鶴ヶ城とも呼ばれます。

会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
中世には黒川城と呼ばれていましたが、秀吉の天下統一時に蒲生氏郷が入封し、町の名を若松と改めるとともに、城郭を大規模に整備しました。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
その後、いくつかの城主の入れ替わりを経て、寛永20年(1643年)に保科正之が入ります。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
保科正之は、三代将軍徳川家光の弟にあたり、幕政においても活躍した人物。
正之を祖とする会津松平家は、このまま幕末まで存続しました。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
幕末の混乱期においては、京都守護職という火中の栗を拾うこととなった会津藩。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
幕府側の中心的な勢力として、戊辰戦争では新政府側に徹底的に攻撃され、この城下も激戦地となります。
しかしながら善戦及ばす、物量に勝る新政府軍の前に、会津藩は降伏を余儀なくされました。

戊辰戦争は、この後さらに北へ戦線を移し、最終的に北海道の箱館(函館)で終結を迎えることになります。

夏の会津たび ’15 #4 鶴ヶ城

会津若松城の続き。

会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
復元されている走長屋を出たところから、層塔型5重5階の天守を望む。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
深い堀。
奥の赤い橋は最初に渡ってきたところで、本丸と二の丸を結ぶ橋です。

会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
こちらは麟閣(りんかく)という茶室で、千利休の子である少庵が建てたと伝わります。
会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
茶道で有名な表千家・裏千家・武者小路千家は、少庵の孫の代に分かれて成立したものです。

会津若松城 鶴ヶ城 aizu-wakamatsu
最後にもう一度、天守。

戊辰戦争で大きくダメージを受け、明治初期に破却されましたが、昭和40年(1965年)に復興再建。
また再建当初は黒瓦でしたが、平成23年(2011年)に、江戸当時の赤瓦に葺き替えられました。

赤紫と白の、シンプルな色遣いが映える天守です。