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乗り鉄 ’14-15冬 #6 中国山地

この冬の乗りつぶし、中国山地の難関路線に挑んできました。
因美線 姫新線 芸備線
本数が少なく接続も悪いので、事前の計画策定が必須。
もし途中何かが起きて、遅延、運休などになってしまえば、ほとんどリカバリー不能。

因美線
ということで、朝もやの鳥取を出て、因美線の旅スタート。
因美線
因幡(いなば・現在の鳥取県東半分)と美作(みまさか・現在の岡山県北部)を結ぶ路線なので、因美線と名付けられています。
因美線
津山で姫新線に乗り換えて、新見へ。
新見 えびめし
新見の街で昼ごはん。
ショッピングセンター内の喫茶店で、えびめし。

さらに、芸備線で広島方面に進んでいきます。
山あいの農村には、雪が残っています。

芸備線

備後落合駅に到着しました。

備後落合駅
備後落合駅
昔は、山陽山陰を結ぶ中継地点としてにぎわっていた駅。
いまでは、日に数えるほどしか列車は来ず、駅前にはひとつの商店もなく、すっかり秘境のような寂しい駅となっています。

現在のダイヤでは、1日に1回だけ、このように三方向の列車が勢ぞろいするタイミングがあり、少しだけホームがにぎわいます。
といっても、この時期、ほぼ全員が18きっぷ客と思われますが・・。

安芸・広島城

晩秋ですね。寒くなりました。
では、少しアキらしい写真を。
夏の旅行から、広島城です。
広島城は、まずは中国地方の雄、毛利家の本拠として建設されました。
その後、関ヶ原の戦いで西軍総大将であった毛利家は大幅に領地を失い、代わりに福島正則が入城。
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福島は、もともと豊臣秀吉にかわいがられて出世した武将です。
関ヶ原では家康に率先して従い大きな功績がありましたが、これは家康のためではなく、石田三成を倒すのが目的だったのでしょう。
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関ヶ原の後も家康のために働きますが、豊臣家を立てるような言動もあって、幕府からは警戒の目をもって見られていました。
結局、ささいなことがきっかけで、広島(安芸・備後)の領地すべてを没収されてしまうのです。
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福島の後は、広島城には浅野家が入り幕末まで存続します。
しかし、残念ながら先の大戦にて原爆により倒壊。
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戦後、天守閣が再建され、その他の建物もいくつか復元されています。
こちらは、木造で復元された平櫓〜多聞櫓の中です。
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天守閣からの眺め。